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千葉地方裁判所 昭和48年(行ウ)13号 判決

原告 小川ルミ子

被告 成田市長

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が訴外新東京国際空港公団に対し、昭和四八年五月二六日になした成田市道東和田駒井野線吉倉地先、同成田法華塚線吉倉地先及び同成田土室線土屋地先の各道路占用許可処分はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁

主文同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(原告)

一  請求原因

1 原告は、千葉県成田市の住民である。

2 請求の趣旨1項記載の各道路(以下本件道路という)は、成田市道として成田市が管理するものである。

3 被告は、昭和四八年五月二六日、訴外新東京国際空港公団(以下訴外公団という)に対し、新東京国際空港航空機給油施設の航空機燃料輸送暫定パイプライン(以下本件パイプラインという)埋設のため、本件道路のうち請求の趣旨1項記載の各部分(以下本件各道路部分という)の道路占用許可処分(以下本件処分という)をなした。

4 しかし、本件処分には次のような違法事由が存する。

(一) 本件パイプラインからの各種の漏油による火災発生及び地下水汚染の危険性の存在

本件パイプラインは、成田市土屋から同市寺台地区を経て、新東京国際空港用地内の給油施設に至る全長七・二キロメートルの区間に埋設される。本件パイプラインは、一一メートルごとに溶接されるが、現在の最高の溶接技術をもつてしても確実に漏油を防止することは不可能であるし、またパイプラインの腐食や地震(寺台地区は軟弱地盤である)の影響によるパイプラインからの漏油を確実に防止することも不可能である。従つて、本件パイプラインが埋設される寺台地区の多数の住民は、引火点の低い航空機燃料の右のような漏油による火災発生の危険や漏出した燃料による地下水汚染(本件パイプライン沿線の大部分の民家は自家井戸によつて飲料水を得ている)の危険にさらされることとなる。

右の如き危険を無視してなされた本件処分は、常に市民の安全と良好なる生活環境を保全し、市民の生命、身体、財産を護る義務を有する被告の行政機関としての義務に違反している。

(二) 本件パイプラインの危険性に対する住民の不安を解消する為の被告による十分な努力の欠如

訴外公団が昭和四七年九月に本件パイプラインの設置を発表したので、右パイプライン設置沿線住民、殊に山の作、寺台各地区住民は、右パイプラインの安全性に不安を抱き、山の作地区住民は同年一一月二〇日、寺台地区住民は昭和四八年四月、いずれも被告に対し、本件パイプライン設置反対の意思を表明し、本件パイプラインに関する説明を求めたが、被告は右説明をなすこともなく、同年五月二六日、本件処分をなすに至つた。かかる被告の措置は、住民自治を基本とする地方自治の本旨に反し、地方自治法及び憲法九二条の精神に反するものであつて違法である。

(三) 道路占用許可要件の欠如

(1) まず、道路占用許可は、「当該道路の敷地外に余地がないためやむを得ない場合」という要件に該当しなければ認容されない(道路法三三条)。ところが、被告は、本件パイプライン埋設につき、本件道路を使用するやむを得ない場合に該当するのか否か、即ち本件パイプライン自体を設置する必要性や他にルート変更されうる余地の有無などの検討をすることなく本件処分をなした。

(2) 次に、道路占用許可は、「工作物、物件又は施設の構造及び工事実施の方法につき政令が定める基準に適合する場合」という要件に該当しなければ認容されない(道路法三三条)。しかし、右の政令が定める基準は、本件処分当時未だ検討中の段階で明確なものではなく、本件処分は瞹味な基準に基づいてなされている。

5 本件処分は、以下の理由により地方自治法(以下法という)二四二条一項、同条の二第一項に定める住民訴訟の対象となる財務会計上の行為(違法な財産の管理・処分及び契約の締結・履行)に該当する。

(一) 財産の管理・処分行為であること

地方財政法八条は、「地方公共団体の財産は、常に良好の状態においてこれを管理し、その所有の目的に応じて最も効率的に、これを運用しなければならない」と規定するが、道路法三三条の道路占用許可要件は、右の規定を大前提として定められているので、被告が道路占用許可処分をなすに当つても、右の大前提にのつとり判断すべきものである。従つて、右許可要件の具備の有無の判断は、住民訴訟の対象となる財産の管理もしくは処分行為に該当する。

(二) 契約の締結・履行行為であること

本件処分の結果、成田市は、占用の対価として、使用料を訴外公団から徴収する。従つて、かかる意味において、被告のなした本件処分は、住民訴訟の対象となる契約の締結もしくは履行行為に該当する。

(三) 本件処分によつて成田市が被る財産上の損失について

成田市は、本件処分により、右処分後、本来の道路管理に要する以上に、道路管理費用として次のような過重な財政支出を余儀なくされている。

(1) パイプライン監視班用具購入費 一四万円

(2) 報償費

平田氏相談料 九〇万円

山下エンジニア(溶接検査費) 一一万二〇〇〇円

奥村氏相談料 一一万二〇〇〇円

(3) 安全検査委託費 二〇〇万六二三〇円

(4) 報償費

平田氏相談料 一八〇万円

(以上(1)ないし(3)は昭和四八年度、(4)は同四九年度の各支出)

6 原告は、昭和四八年七月一一日、監査請求をなしたが、同年九月八日、本件処分には違法性がない旨の監査結果の通知を受けた。

よつて、原告は、法二四二条の二第一項二号の規定に基づき本訴を提起する。

(被告)

一  本案前の抗弁

原告の本件訴は法二四二条の二に基づく住民訴訟であるが、本件処分は次のとおり住民訴訟の対象となる事項には該当しないから、右訴は不適法であり却下を免れない。

1 住民訴訟は、普通地方公共団体が、その長、委員会、委員又は職員の法二四二条所定の財務会計に関する違法な行為又は職員の法二四二条所定の財務会計に関する違法な行為又は懈怠によつて経済上の損失を受けることを予防し又は受けた損失を回復することを目的とする制度であつて、住民訴訟の対象は法二四二条所定の一定の財務会計上の違法な行為又は懈怠に限られる。

2 ところで、本件道路占用許可処分は、一般行政目的の為にする処分であつて、財産権の得喪を直接の目的とする行為ではないから、住民訴訟の対象となる一定の財務会計上の行為には該当しない。かかる処分を住民訴訟の対象とすることは、一般行政上の違法を直接住民訴訟で争うことに帰着し、財務会計行政の違法な管理運営を防止し是正することを目的とする住民訴訟の性格から逸脱する。

3 なお、原告は、道路法三三条の道路占用許可要件は、地方財政法八条に定める地方自治体の財産を良好な状態で管理すべき義務の存することを前提として規定されているので、本件処分は法二四二条一項所定の財産の管理・処分に該当すると主張するが、右許可要件は、専ら道路行政上の見地から、即ち道路をその法定用途・目的に供することを妨げないようにとの観点から規定されているものであり、地方財政法八条とは別個の問題である。

4 また、原告が本件処分によつて成田市が被る不利益と主張するものは、本件処分を行なう為の費用及び本件処分後において本件パイプラインの安全性の確保を図り成田市の住民の安全を保持するという一般的な行政目的を達成する為の費用(パイプライン監視班用具購入費など)であり、前者については、かかる支出を伴うからといつて道路行政上の目的で行なわれた本件処分が財務会計上の行為となるものではなく、また後者についても、かかる支出によつてパイプラインの安全性の確保を図り、本件処分にかかる道路の構造に及ぼす損害発生の予防に資することとなるという意味で間接的に本件処分と関連するにすぎないものである。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3は認める。

2 同4(一)、(二)、(三)は争う。

3 同5は争う。

4 同6のうち、原告が昭和四八年七月一一日、監査請求をなしたが、同年九月八日、本件処分には違法性がない旨の監査結果の通知を受けたことは認める。

三  本案の主張

1 本件パイプラインからの漏油による危険性の不存在について

本件パイプラインの溶接については、JIS規格に基づく資格試験に合格した溶接士が適切な作業条件の下で作業を実施し、溶接作業後にレントゲン撮影等の方法による検査を実施し、また腐食孔の発生防止については、パイプの外面にアスフアルト、ガラスクロス等による防食被覆を施し、電気防食設備も設け、更に地震については、埋設管の応力計算上これを考慮してあり、地震記録計及び制御用地震感知器を設置して一定規模以上の地震に対しては自動的に給油を停止し、緊急遮断弁を閉鎖する等の装置を設けてあり、原告主張の如き危険性は存在しない。

2 住民に対する説明について

本件パイプラインの設置については、山の作地区では昭和四八年三月七日、吉倉地区では同年四月二八日、寺台地区では同年五月二日にそれぞれ地区代表者、山の作第二区区長、吉倉区長、寺台区三光及び保目各区長と訴外公団との間に覚え書きが作成されて地区住民の了承が得られている。

3 道路占用許可要件の具備について

(一) 道路法三三条は、道路占用許可要件として次のものを規定している。

(1) 道路の占用が同法三二条一項各号の一に該当するものであること

(2) 道路の占用が道路の敷地外に余地がないためにやむを得ないものであること

(3) 同法三二条二項二号から七号までに掲げる事項について政令で定める基準に適合すること

(二) 訴外公団から昭和四八年三月二九日被告に対してなされた本件各道路部分の各占用許可申請(以下本件申請という)は、以下のとおりいずれも右各要件を充足している。

(1) 本件申請は、航空燃料輸送管及び計装ケーブル管布設を目的とするものであるが、右輸送管等は、道路法三二条一項二号の「水管、下水道管、ガス管その他これらに類する物件」に該当する。

(2) 本件申請にかかる右輸送管等は、成田市土屋の空港建設資材取卸場から新東京国際空港に至る間に布設されるものであるところ、右布設に当つては本件各道路部分を横断せざるを得ないのであるから、右各道路部分の占用はやむを得ないものというべきである。原告主張の如き本件パイプラインを布設すること自体の必要性やルート変更の余地などは、右要件の認定に関しては考慮外の事項である。

(3) 道路法三二条二項二号から七号までに掲げる事項について政令で定める基準は、道路法施行令九条ないし一七条に定められている(なお、本件処分当時には既に右各基準は設けられていた)。被告は、本件申請にかかる本件パイプラインの構造が右基準に適合する堅固で耐久力を有するものであることを確認のうえ本件処分をなしたものである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の各事実(原告が成田市の住民であること、本件道路は成田市が管理する成田市道であること及び被告による本件処分の存在など)は、当事者間に争いがない。

二  本案前の抗弁について

1  法二四二条の二に規定する住民訴訟の対象は、地方公供団体の機関又は職員による同二四二条一項所定の一定の財務会計上の違法(不当なものは含まれない)な行為又は怠る事実に限られる。即ち、右住民訴訟の制度は、直接請求としての監査請求(法七五条)のように、地方公供団体の事務又はその機関の事務の全般について監査を請求し、監査の公表によって責任の所在及び行政運営の適否を明白ならしめて、行政全般にわたり広く住民の直接参政を目的としたものと異なり、直接には地方財政の運営における腐敗を防止し、財務会計の公正を期すること、つまり住民に訴権を与えることによつて財務会計行政の違法な管理運営を防止是正し、併せて地方公共団体の被つた損害を回復せしめ、もつて地方公共団体の経済的基礎をなす公金・財産等が住民全体の利益の為に使用されることを確保することによつて、地方自治行政の公正と住民全体の利益を図ることを目的としたものであるから、住民訴訟の対象は、地方公共団体の機関又は職員の行政行為一般の違法行為全般にわたるものではなく、地方公共団体に財産的損失を与え又は与える虞があり、結局において住民の負担に転嫁されるような法二四二条一項所定の一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実に限定されるものと解される。

2  次に、道路の占用とは、一般公衆の自由な通行という道路本来の用法をこえて、道路の地上又は地下に一定の施設を設け、これを継続的に使用する特別の権利(以下占用権という)の設定されている関係をいい、また、道路の占用許可とは、道路管理者が、一定の申請に基づき、一般交通の用に供する為の公の施設としての道路本来の機能を阻害しないように、右申請が占用許可要件を具備しているか否かを判断し、道路管理権の作用として占用権を特許する行為であつて、一定の申請を要件とする特殊行政行為(原則として道路管理者の自由裁量に属する)たる性質を有するものと解される。

3  原告は、被告が成田市の財産たる本件道路についてなした本件処分が法二四二条一項、同条の二第一項所定の住民訴訟の対象たる違法な財産の管理もしくは処分行為であると主張する。

(一)  しかしながら、本件処分は、被告が、訴外公団からの本件各道路部分の占用許可申請に基づき、同市の財産たる本件各道路部分につき、一般交通の用に供するという道路本来の機能を維持するとともに、公共用地としての本件道路部分を交通以外の用に供することを許可するか否かの、もつぱら道路行政上の見地からなした処分であつて、法二四二条一項所定の財務会計上の行為ということはできないので、本件処分は住民訴訟の対象となる財産の管理もしくは処分行為には当らないというべきである。

(二)  また、原告が、本件処分によつて成田市が被る財産上の損失と主張するものは、その性質上、訴外公団の本件申請が道路法三三条の要件を具備しているか否かを被告が確認する過程で専門機関に調査を依頼するについて必要とした費用又は本件処分後において布設された本件パイプラインの安全を図り右パイプライン付近の住民の安全を保持する為に必要とした費用と考えられるところ、そもそも一般的に右のような財政的支出が必ず伴うというわけではないし、また、財政的支出が伴つたとしても、前記のとおり道路占用許可処分はその本質上財務会計的行為でない以上、右のような費用が支出されたからといつて本件処分が財務会計上の行為とされるものではないと解される。もつとも、原告が主張するような費用が最終的に成田市の財政的負担とされるべきものであるか否かは別途検討されるべきものと考えられるが、仮に違法な財政的支出を負担したとしても、問題とされるべきものはその負担行為自体であつて、本件処分自体が住民訴訟の対象とされる行為であるということはできない。

以上の次第で、本件処分は住民訴訟の対象となる財産の管理もしくは処分行為ということはできない。

4  また、原告は、成田市が使用料を徴する意味において、本件処分が住民訴訟の対象となる違法な契約の締結もしくは履行行為であると主張する。

道路管理者は、占用許可の附款(負担)として道路占用者に占用料の納付義務を課することができるが(道路法三九条)、右占用料の徴収は、占用許可とは別個の処分と解される。従つて、被告が本件の道路占用につき、訴外公団から占用料を徴収せず、もしくは、不当に廉価な占用料を定めたような場合に、占用料の徴収自体について、これを是正するため、監査請求をなし、ひいては、違法な財産管理行為として住民訴訟の対象とする余地があるとしても、右は本件処分とは別個の処分であるから、本件処分が直接に住民訴訟の対象とされるものではなく、原告の右主張も採用することはできない。

以上1ないし4に認定説示のとおり、本件処分は、法二四二条の二、同二四二条一項所定の住民訴訟の対象となる財務会計上の行為ということはできないので、被告が本件処分をなすにつき裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した結果、右処分に関し原告主張の如き違法事由が存在するか否かの点につき判断するまでもなく、原告の本件訴は不適法なものといわなければならない。

三  結論

よつて、原告の本件訴は不適法なものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺桂二 東原清彦 井上繁規)

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